こんにちは。
中野特殊刃物工業の代表で 研師 中野由唱です。
今日は私が刃物を研ぐ理由をお話しします。
戦国時代、刀研師は合戦に随行した。そして刀研師は、敵方から真っ先に命を狙われた。
刀で斬り合う戦さでは、太刀(たち)一振りで敵の息の根を断たなければ自分が切られる。
ですから、、、
刀の切れの良し悪しは、命に関わる重要不可欠な要素だった。
その刀の技は現代の和食文化における包丁に受け継がれています。
切れ味の良い包丁で切るりんごは、1時間ほどは色が赤くなりません。塩水に浸さなくても美味しく頂けます。
切った時に、細胞が壊されないから酸化し難いのです。
包丁が切れると美味しくなる理由
-
- 渋味が出にくい
- 加熱した時アクが出ない
- 煮崩れしない
- 食材に損傷が無いから劣化が遅い
- 肉の切断面の凸凹が少ない
- 肉を焼いた時余計な焦げが付かない
- 脂が流れ出ず硬くなりにくい
- 調味料の量が少なくなる
- 栄養価を損なわない

つまり、、、
食材本来の味が味わえる。 食材の美味しさの寿命を延ばし、無駄を減らすことにも繋がる。
食べることは生きること!
日本には四季を彩る和食文化がある。
そこには、、、
和食文化を支える包丁と研ぎの文化がある。
文化とは日常のこと。
和食文化を繋げていくために、私はこれからも刃物と向き合って生きます。
by 中野 由唱 よしどん
昭和53年4月1日、私は大学卒業と同時に中野特殊刃物に入社した。
最初は研磨工見習いから、数年の工場作業の後 営業見習いとして いきなり100軒ほどのお客様を任された。
正直、何をどうしたらいいのか全く分からなかった。
主な仕事は使って切れなくなった刃物の回収と再研磨した刃物の配達、そして新しい刃物の売込み。研磨工の時もそうだったが、刃物の基礎知識も扱う種類もどうやって売り込むかも、自分で覚えるしかなかった。
中野特殊刃物にとって社員教育は皆無なのだ!
入社から11年目の1月初め、昭和天皇が崩御され年号が昭和から平成に変わった。
自粛ムードの中での会社新年会。社長挨拶の席で「俺の時代は昭和と共に終わった、後は息子に預ける」と何の相談も、何の打合せも無いまま15名の社員の前で先代社長である私の父がいきなり言い出した。
昭和元年生まれで昭和と共に生きて来た父だからそうしたかったのかも知れない。当時63歳の社長引退は早すぎると思ったものだ。
当時の父と同じ63歳という歳は私にとって、平成の30年を改めて振り返るきっかけになった。
そんなことを思う日曜の夜です。
さあ、これから工場にこもって明日の段取りしよう!
by 中野 由唱 よしどん
こんにちは、創業62年になる中野特殊刃物工業の代表で研師 中野由唱 です。
比布町のエクスマ化プロジェクトを知り、子どもの頃から馴染みの比布町を応援したい。そう思って、2017年7月から「ピピカフェ比布駅」と「浄慶寺さん」で包丁研ぎ実演会を開催しています。

家庭のご飯支度が楽しく、美味しくなるよう切れ味のいい包丁で料理してほしい!
家族みんな笑顔になってほしい!
そんな願いを込めて、みなさんの包丁を研がせて貰っています。
町外の方でも、門徒でない方でも構いません。
比布町から、家族の笑顔の輪を広げて行こうと思います。みなさんどうぞよろしくお願いします。
とき
3月13日水曜日 10時〜16時
会場
比布町寿町1丁目5-9 浄慶寺事務室
by 中野由唱 よしどん
よしどん節へようこそ
中野特殊刃物工業 代表の中野由唱です。
何度も書いていますが、2017年7月9日ミラサポに刃物の専門家として講師登録してから少しづつ機械刃物の相談や診断依頼が増えて来ました。相談の内容は様々です。
金物店でチップソー(丸のこ刃)の品揃えについて
木工クラフト工場で機械刃物の使い方と選び方について
農業機械の販売修理業で収穫機の専用刃物について
建築資材販売店でチップソーの在庫管理について
飲食店で包丁の切れ味が料理の味と仕事のレベルを左右する。
刃物は日常のあらゆる場面で活躍しているはず!
しかし、殆どの作業現場で活かされていないのが現実。
切れる刃物を使うだけで、現状を100%変えることができるのです。
ミラサポの専門家講師は何らかの資格を持った方が多いのですが、私は何もありません。だから、私からアドバイスできることは40年で得た生産現場の経験からだけ。
そのせいなのか、依頼主の方々はみなさん私の話を大きくうなずきながらよく聴いてくれます。
最初はそれでいい、と思ってました。でもその後 訪問したり電話で話したりしてみるとミラサポの成果が上がっていないことに気づくのです。
結局、診断やアドバイスを受けても依頼主自身が「変わろうとする心」で行動しなければ−何も変わらない–と言うこと
これからはミラサポの刃物専門家として、先ず変わろうとする心を持って貰えるよう意識して行こう。うん、そうしよう!
by 中野 由唱 よしどん
よしどん節へようこそ
中野特殊刃物工業の代表 中野由唱です。
私はこれまでに15,000本を超える包丁を研いで来ました。プロ意識も、40年間刃物に関わって来たという自分なりの自負もあります。
しかし、つい最近「研いでもらった刃が切れない」とお客様に言われて驚きました!
過去に一度も無かったことだから、
いや正確に言うとクレームは3回ありました。
しかし、それは3回いずれも研ぎ方の問題ではなく、使う側の問題でした。カボチャを無理矢理叩いて切ったり、冷凍食品を力任せに切ったり、やってはいけない使い方をしていたのがその原因でした。
だから今回もきっとそうだなと思っていたのに、均(なら)して刃を付けたはずが、、、付いてない。
愕然としました。
完全に私が見逃していました、慢心でした。
過去に一度も無かったことが将来も起こらない保証はないのです。
みなさんは職人ってどう思いますか?
○頑固でとっつきづらい
○無口で冗談が通じない
○他のことはどうでもいいのに、仕事となると口うるさくなる などなど
そんなイメージありますか?
だとすれば
クレームが無かったのではなく、クレームを言い出せなかったのではないか。そう思うのです。
昔から私は男のおしゃべりが嫌いです。同級生でもペラペラ喋る奴はあまり信用してなかったなぁ。
でも仕事のうえで必要な「言葉」は交わすべきだし、仕事とは関係ないことも話して、ドンドン「言葉」のやりとりをするべきなんだと思います。
【おしゃべりではなく、コミュニケーション】
63歳は研ぎ職人としてのピークは過ぎています、120%でようやく現状維持。
既に85歳まで現役を宣言した私は五感を研ぎ澄ませながら、おしゃべりではないコミュニケーションを大切にして行こう。
改めて思った2019年1月でした。
by 中野 由唱 よしどん
よしどん節へようこそ
中野特殊刃物工業の代表、中野由唱(なかのよしあき)です。

新しい年になりましたが、1月は包丁研ぎが忙しいんです。何故かというと、、、
年末はおせち作りに、普段以上に包丁が活躍するのです。その12月を前にメンテナンス(包丁研ぎ)の出来た人は良いのですが、「忙しくて出来なかった」という人は大変だったでしょう。
なますに蓮根、きんぴらなどなど
包丁が切れないと、そりゃもう汗と涙 おまけに肩と腰が痛くなる。そんなおせち作りだったと思います。
そんな思いをした人たちが包丁を研ぎたくなるということ。
今からでも遅くありません、思い立ったが吉日。さあ大変、はい大丈夫といきたいですね!
【包丁研ぎ実演会】開催
1月13日 日曜日
午前10時から夕方4時まで
会場は比布町の浄慶寺さん(玄関横の事務室です)
by 中野由唱 よしどん
よしどん節へようこそ☆
中野特殊刃物工業の代表の中野由唱です。
私が生まれたのは新潟県新発田市、父の実家だ。以前は新発田市の隣町で北蒲原郡紫雲寺町と呼んでいた。
2歳の時、両親と姉ふたりの一家5人で旭川にやって来た。同じく実家が山形県西置賜郡小国町の母と親戚(親、兄弟)の反対を押し切って、夜逃げ同然で北海道に上陸したようです。なので小さい頃から学校で「北海道弁」を聞いても意味不明(ゴミを投げる、あずましい、それ違うべや etc)が多かった。
うちの中では引っ込み思案で内弁慶、来客があると物陰に隠れてしまう という有り様。勉強より外で遊ぶのが何より好きで、毎日友だちと暗くなるまで遊んでいた。
引っ込み思案だけど、遊び仲間は多かった。好きな娘ができると迷わず告白した、でも返事はいつも同じ、、、「いつまでも いいお友だちでいましょうね」だって!
10人中10人に言われた。
双子で早産だったから未熟児、おそらく2000gとちょっと。そんな小柄でひ弱な少年時代も10才から始めた野球で身体も少しは大きくなれた、16才まで続けたおかげで精神力と体力も身に付いた。
冬になると野球の代わりにスキーをした。旭川市内にスキー場はあったが、父親にせがむと何故か当時「ほくれい」と呼ばれていた ぴっぷスキー場に連れて行かれた。
時にはぴっぷスキー場から更に北にある塩狩峠スキー場にも行った。スキーをやらない父は黙って待っているのが辛かったのだろう、そこには温泉もあったしね!
今のぴっぷスキー場は子供の頃の印象とは少し違う気がするけど、今から50年以上前のことだから(笑)
そんな比布町とこんなに仲良しになれるなんて思っていなかった、そしてこの1年は毎月開催される町民限定のエクスマセミナーに参加できるチャンスを頂いて、村中町長はじめ役場職員の方々と友だちになってくれた町のみなさん、藤村先生他スタッフのみなさんには只々感謝しかありません。
エクスマ比布塾91期生の妻(ニックネームはタイガー)と毎月「研修会のため休業します」のお知らせを貼り出して、セミナーに参加させて貰いました。
12月15日、ぴっぷ町エクスマセミナー最終回のゲスト講師は奥ノ谷圭祐さん(ニックネームは短パン社長)。FacebookやTwitterで超人気者なだけに、限定からオープンのセミナーに普段は15〜20名程の参加者が全道から130名といつもとは全く違う雰囲気になった。
【時の激流にのまれること無く 個性を活かして輝く人生を生きるためにSNSで発信し続けよう!人は皆 仕合わせになるために生まれて来たのだから】
私が12回のぴっぷセミナーを受講して学んだことです。
最終回のセミナーに集まった人たちのSNS投稿を読んでいて「町民の方々にもっと参加してほしかった」と素直にそう思った。同時に、私を受け入れてくれた比布町のみんな達にありがとうです。比布町エクスマ化プロジェクトはこれからが本番です。
私もみんなと一緒に比布町を盛り上げ行くよ!
町も町の人たちも、比布がまるごと大好きだから!!
by 中野由唱 よしどん
めっきり寒くなりました。
旭川にも初雪が降りそうな気配です。
人類が今まで生き残って来れたのは、刃物があったから
紙の裁断、木を切る、壁の穴あけ、玉ねぎやトウモロコシの収穫、肉のミンチ、ペットボトル再生の為の粉砕、包丁やナイフ・ハサミなどなど、、、様々な場面で今や私たちの生活に欠かせない存在の刃物。
でもちょっと考えてみてください。
切れない刃物を無理して我慢して使っているってことありませんか?
日本の刃物の原点は日本刀です。
戦国時代、刀が切れないのは命とり。
一振りで相手を仕留めなければ自分が切られる、だから刀は常に切れる状態にしておく必要があった。
合戦に同行した研師が命を狙われたのは、そんな理由からです。
日本には世界から見ても類の無い、刃物と研ぎの文化があるのです。
刃物は使えば切れなくなるもの、研ぎなが使うのが刃物です。
刃物は切れるから刃物で、切れないのは刃物ではありません。
単純ですが、そのことを思い出してほしい。
「刀とは抜かずに使うものなり。刀とは抜くと力となる、しかし抜かぬこと。抜かずに収めることが刀本来の役割である。」
本阿弥流日本刀研師の師匠から「由唱」の名を授かった時、日本の研ぎの文化の由来を唱えることが私の天命と悟りました。
切れ味の良い刃物は人間の生活を豊かにするもの。
研ぎながら使い続ける日本の文化を大切にします、そしてそのことを伝えて行きます。
by 中野 由唱 よしどん
ひと月ぶりのブログです。読んでくれてありがとうございます。
9月6日はミラサポ講師として、派遣先を訪問することになっていました。
その日は何故か、午前3時に目が覚めていました。そして3時8分、北海道で震度7の地震が。それから20分後、今度は大停電が北海道全域を襲いました。
道路の信号機もすべて消え、いつ復旧するのか分からない不安だけが残りました。
止むを得ず、6日の訪問は延期することにしたのですが先方と電話もメールも使えず 連絡がつきません。ダメもとで延期する旨のメールを送信しました。
午後になって、私の携帯に先方からの電話が入り ようやく連絡が取れました。
協議の結果、翌日の訪問となりました。
今回の派遣先はオリンピックで有名になった冬のスポーツ カーリングの街 北海道北見市です。
北見市と言えば、北海道の市町村の中で一番広い面積で玉ねぎの生産量は日本一なんです。
その北見市で農業収穫機を独自に製作し、利用者から直接感想を聞きとりながら改良を加えている、そんな探求心旺盛な企業です。既に発売した機械で「もっと長持ちする刃にしてほしい」と声が上がり自社で考案中の刃物の形状について 刃物専門家 のアドバイスが欲しい、またオリジナル刃物の開発・導入についての支援も受けたい、という相談内容でした。
機械製作の現場で付属の刃物について、独自に開発を進めることはあまりないことです。
具体的に言うと
- 機械のもつ能力(機械性能)
- 使用目的(個人差があります)
- 使用条件(最良から最悪まで)
- 試行したデータ(要詳細)
- 現状結果
- どうしたいか(改善要件)
以上のことを一元化して改善することは容易ではありません。
もし刃物メーカーがこの開発に着手すれば、一年がかりで1000万円の仕事になります。
データを収集しながら2、3パターンの刃物を4、5回は造り直すことになるでしょう。
しかも全て単品製作です。
私の場合「そのお客様に一番合った機械刃物は何か」を考え続けた40年の経験を重ね合わせて、開発に係る時間と費用を最大限に抑えて、最初の試作で90%の完成度と90%の費用削減を目指します。
F1レースでタイヤ交換のタイミングと選別を誤ると、たとえ世界一速いエンジンを搭載していてもチェッカーフラッグは受けられません。
前にも述べたように、
機械性能、使用の目的と条件、現状の把握と変動する環境、を全て加味して設計します。
この作業は難しいというより、手間が掛かるのでやりたい人はいないと思います。
しかし、この手間が完成度を時には100%にもてくれるんです。
手間ひまを掛けることが敬遠される時代ですが、この手間を惜しまずにこれからも仕事を楽しんで行きたいと思うのです。
専用刃物は現在設計途中です。
最後まで読んでくれてありがとう。
by中野由唱 よしどん
私は小学生の頃から学校を休んだ記憶が無い!
勉強は退屈だったが、友達と遊ぶのが好きだった。
丈夫に産み、育ててくれた親に感謝だな。
22才で家業を継いだその年に、風邪で熱を出して寝こんだことがある。父親に「這ってでも仕事しろっ」と言われた。それ以来 風邪で寝こむのは正月休みと決めている(笑)
60才も過ぎると「休息も道草も生きるためには必要なことだ」と強く思う。
心にゆとりを持つことで人は豊かに生きられる、そう実感する。
仕事においても ひと息入れたり、立ち止まったり、時にはその場から離れてみることも大切だ。
私は仕事柄、いろいろな角度から物事を見るようにしている。しかし、それも常識や固定概念で捉えてると、成果は出せない。
以前こんなことがあった。
原木(丸太)を板状に薄く挽き割って製材にする木工場のお客様から、
「作業のスピードをもっと早くしたい、後工程の仕上げがたいへんだから、現在の丸のこ刃(弊社オリジナル タイガーチップソー)の大きさを今より大きくして、刃数も増やして欲しい」そんな要望だった。
確かにチップソーの径を大きくすれば、駆動モーターの回転数を変えずに周速が速くなり切断速度は上がる。そして、 刃数を増やして目を細かくすれば、挽き割った木肌はきれいになる。
今でも そのまま お客様の要望を聞いて、大きく目の細かいチップソーを納める業者がほとんどだ。
言われたことに逆らって 別の丸のこ刃を納めて、それで上手く行かなかったらクレームになると思い込んでしまい、そんな危ない橋は渡りたくないと考える。
多分そんなことだと思う。
しかし、私が納めたタイガーチップソーは全く真逆のものだった。
従来のものより径は小さく、刃数も減らして荒くした。
それは、チップソーの刃厚を薄くしたことで全ての問題が解消された。
①切込む時の刃の摩擦抵抗が小さくなる
②小さい分、ノコ振れが無くなる
③振れないから挽き肌がきれいになる
④刃数が少く荒い分切込み能力が増す
⑤送材速度を上げることができる
⑥薄くなった分、歩留まりが良くなる
以上の結果、歩留まりの違いで年間の原料費が200万円の節約になった。
目先のことではなく、チップソーの特徴と機械の能力、使用する木材の性質と 総合的に捉えてそれまでの常識では考えられない刃厚のチップソーを設計した。なぜなら私は その薄いチップソーがダメだという事実を目の当たりにしたことがなかったからだ。
机上の理論だけで判断したくはなかったのだ。
この木工場はその後 作業がスピードアップして品質も向上し、最終的に年間700万円の増収につながったそうだ。
もちろん、「常識外れ」の設計にひるむことなく応えてくれたチップソーメーカーの技術と「心粋」には頭が下がる思いである、感謝。
毎日繰り返しの仕事をしていると、なかなか気づかないもの。でも様々な角度から、あるいは全く違う次元から一歩下がって見てみると、不可能なことがいつか可能になることもある。
そう思えた瞬間だった。
でも実際には、試運転が終わるまでドキドキだったなぁ。
常識と基本は必ずしも同じものではない。
そもそも常識とは誰が創ったものなのか、常識的に、ではなく基本に立ち返りたいものだ。
by中野由唱 よしどん