伝える力の偉大さ

  • 2019年07月09日

2011年3月19日、エクスペリエンスマーケティング(エクスマ)を提唱する藤村正宏氏のセミナーで私はエクスマの存在を初めて知った。東日本大震災発生からわずか8日目のことだった。

旭川中小企業大学での藤村先生の話は私がそれまで35年間感じてきた仕事への思いを文字にして、言葉にして、画像にして、誰もが分かるように見事に伝えていた。

繰り返される「伝わってますか?」の藤村先生の問いかけに、何度うなずいたことか。

『人々にその仕事の存在が伝わらなければ、それは存在しないのと同じ』この言葉で目が覚めた。

その後、何度か藤村先生のセミナーに参加した。2016年、エクスマ塾生となった私はSNS(social networking service)で40年の刃物への思いを伝えて行くことを決心した。

7月4日はエクスマ塾 第1回がスタートした日、そしてアメリカの独立記念日。

アメリカ史上最も若くして選挙で選ばれた大統領、ジョンFケネディは当時43歳。そのケネディが民主党大統領候補指名の演説で掲げた7つのニューフロンティア政策はこれ

(人口・生存・教育・住宅都市郊外・科学宇宙空間・オートメーション・余暇)

そして彼は大統領就任後の1962年、テキサス州ヒューストンでの演説で7つの政策のひとつをこう語った。

「アメリカ人を1960年代のうちに月におくる」と、その場にいた大観衆から歓声が上がったという。

翌年の1963年 彼は暗殺されてしまうが宇宙への思いは、彼の死後もアメリカの大きな夢となってアポロ計画は彼の公約通り、アポロ11号によって1969年7月20日成功する。

人類の月への第一歩だ。

当時14歳の私はテレビの画面を食い入るようにしていたことを覚えている。そして月面についたアームストロング船長の足跡は今でも目に焼き付いている。

彼の40分間のヒューストンの演説がアメリカ国民の心をどれだけ捕らえたか。雄弁というよりも彼の思い、彼の熱意が人々の心に響いたのだと私は思う。

ならば、私も刃物のプロとして素早く、美しく、正確に、仕事のできる刃物を、より多くの人に提供できるよう 熱意を持って伝えて行こう。

藤村先生から学んだことを、1つづつ行動しよう。

by 中野 由唱 よしどん

新元号と63歳

  • 2019年03月18日

昭和53年4月1日、私は大学卒業と同時に中野特殊刃物に入社した。

最初は研磨工見習いから、数年の工場作業の後 営業見習いとして いきなり100軒ほどのお客様を任された。

正直、何をどうしたらいいのか全く分からなかった。
主な仕事は使って切れなくなった刃物の回収と再研磨した刃物の配達、そして新しい刃物の売込み。研磨工の時もそうだったが、刃物の基礎知識も扱う種類もどうやって売り込むかも、自分で覚えるしかなかった。

中野特殊刃物にとって社員教育は皆無なのだ!

入社から11年目の1月初め、昭和天皇が崩御され年号が昭和から平成に変わった。

自粛ムードの中での会社新年会。社長挨拶の席で「俺の時代は昭和と共に終わった、後は息子に預ける」と何の相談も、何の打合せも無いまま15名の社員の前で先代社長である私の父がいきなり言い出した。

昭和元年生まれで昭和と共に生きて来た父だからそうしたかったのかも知れない。当時63歳の社長引退は早すぎると思ったものだ。

当時の父と同じ63歳という歳は私にとって、平成の30年を改めて振り返るきっかけになった。

そんなことを思う日曜の夜です。

さあ、これから工場にこもって明日の段取りしよう!

by 中野 由唱 よしどん

ぴっぷ町と私

  • 2018年12月29日

よしどん節へようこそ☆

中野特殊刃物工業の代表の中野由唱です。

私が生まれたのは新潟県新発田市、父の実家だ。以前は新発田市の隣町で北蒲原郡紫雲寺町と呼んでいた。

2歳の時、両親と姉ふたりの一家5人で旭川にやって来た。同じく実家が山形県西置賜郡小国町の母と親戚(親、兄弟)の反対を押し切って、夜逃げ同然で北海道に上陸したようです。なので小さい頃から学校で「北海道弁」を聞いても意味不明(ゴミを投げる、あずましい、それ違うべや etc)が多かった。

うちの中では引っ込み思案で内弁慶、来客があると物陰に隠れてしまう という有り様。勉強より外で遊ぶのが何より好きで、毎日友だちと暗くなるまで遊んでいた。

引っ込み思案だけど、遊び仲間は多かった。好きな娘ができると迷わず告白した、でも返事はいつも同じ、、、「いつまでも いいお友だちでいましょうね」だって!

10人中10人に言われた。

双子で早産だったから未熟児、おそらく2000gとちょっと。そんな小柄でひ弱な少年時代も10才から始めた野球で身体も少しは大きくなれた、16才まで続けたおかげで精神力と体力も身に付いた。

冬になると野球の代わりにスキーをした。旭川市内にスキー場はあったが、父親にせがむと何故か当時「ほくれい」と呼ばれていた ぴっぷスキー場に連れて行かれた。

時にはぴっぷスキー場から更に北にある塩狩峠スキー場にも行った。スキーをやらない父は黙って待っているのが辛かったのだろう、そこには温泉もあったしね!

今のぴっぷスキー場は子供の頃の印象とは少し違う気がするけど、今から50年以上前のことだから(笑)

そんな比布町とこんなに仲良しになれるなんて思っていなかった、そしてこの1年は毎月開催される町民限定のエクスマセミナーに参加できるチャンスを頂いて、村中町長はじめ役場職員の方々と友だちになってくれた町のみなさん、藤村先生他スタッフのみなさんには只々感謝しかありません。

エクスマ比布塾91期生の妻(ニックネームはタイガー)と毎月「研修会のため休業します」のお知らせを貼り出して、セミナーに参加させて貰いました。

12月15日、ぴっぷ町エクスマセミナー最終回のゲスト講師は奥ノ谷圭祐さん(ニックネームは短パン社長)。FacebookやTwitterで超人気者なだけに、限定からオープンのセミナーに普段は15〜20名程の参加者が全道から130名といつもとは全く違う雰囲気になった。

【時の激流にのまれること無く 個性を活かして輝く人生を生きるためにSNSで発信し続けよう!人は皆 仕合わせになるために生まれて来たのだから】

私が12回のぴっぷセミナーを受講して学んだことです。

最終回のセミナーに集まった人たちのSNS投稿を読んでいて「町民の方々にもっと参加してほしかった」と素直にそう思った。同時に、私を受け入れてくれた比布町のみんな達にありがとうです。比布町エクスマ化プロジェクトはこれからが本番です。

私もみんなと一緒に比布町を盛り上げ行くよ!

町も町の人たちも、比布がまるごと大好きだから!!

by 中野由唱 よしどん

刃物も適材適所

  • 2018年06月23日

2018年6月23日 土曜日

エゾ梅雨っぽい天気が続いている旭川です。

あなたはいかがお過ごしですか?

 

刃物は「ものづくり」の裏方です。

単独では何もできません。

けれど、様々な製品を生み出していく力を持っています。

私はそんな刃物を支えるプロデューサーです。

つまり、裏方の裏方なのです。

機械刃物部 メイン商品【タイガーチップソー】

雪が解けて春になると、みなさんは車のタイヤを夏用に履きかえるでしょう。

中には「スタッドレスタイヤだから」と言って冬タイヤをそのままで履き替えずに走っている人もいます。

それでも、次の冬が来て雪が降り出す頃には全ての人が、夏用から冬用にタイヤを交換するのは必然です。それは、夏タイヤで雪道を走ることがキケンだとみんな知っているから 。

実は機械刃物も同じなんです。

使う材料が変わっても、切削条件が変わっても、刃物は同じものを使い続ける。

そんなことが結構多いものです。

 

刃物は

機械の回転速度

機械の送材速度

材料の性質と硬度

仕上り精度

加工条件

などの事柄を考慮して、私は設計・製作しています。

 

刃物に「何でも切れる万能タイプ」は無いのか、とよく聞かれます。でもそれは「何でも切れる」ということは「何でも切れない」ということ。

つまり【50%の切れ 】ということになるんです。

  • 材料の歩留り向上
  • 工程の省力化
  • 機械消耗部への負担軽減
  • 機械寿命の延長
  • 作業者の疲労軽減
  • 製品の品質向上

無理なく、無駄なく作業が出来ると 作業そのものが楽しくなるもの。

目には見えないことですが、

「楽しく作業ができる」ということは

仕事の質の底上げになり、作業者の意識の向上にも繋がるんです。

 

私は、あなたやあなたの周りの人たちにもっと楽しく仕事をして欲しい。

人生の大半の時間を費やす仕事が、【人からさせられるもの】では勿体ない。

遊びも仕事も楽しくできれば 毎日が明るく元気に、そしてもっと積極的に行動できる。

一度しかない人生、明るい方がいいよね。

そんなことを考えながら【裏方の裏方】に専念したい、そう思うんです。

by中野 由唱 よしどん

【成人の日】に想う

  • 2018年01月12日


  • 2018年1月8日 成人の日

62年の人生で最大のピンチ【命の危険】を感じた火災発生。2017年12月26日 午前3時に自宅マンション2Fより出火、6Fの自宅脱出。これを何とか無事に越えられた。

今、命が私を生きている。
まずはそのことに感謝します。

時は遡り、1975年1月15日 成人の日。当時、大学生だった私(19才)は この日引っ越しをしていた。
千葉県松戸市の下宿から市川市の木造アパートへ!
下宿のおばちゃんが体調を崩し「もう、あんたの面倒みれなくなったよ」とのお言葉が突然に降りてきた。それから大急ぎでアパート探し、、、、(汗)

【駅から徒歩10分】これを条件に不動産屋さんをハシゴした。
「3月には空きが出る」という物件ばかりで中々埒があかない。それでも、何とか1軒探して その日のうちに契約した。
今までの下宿代が月20,000円 風呂あり洗濯付だったのに対して、アパートの家賃は月18,000円 風呂なしトイレ付。親からの仕送り額だけでは生活が苦しくて本八幡(モトヤワタ)駅前の喫茶店でアルバイトをすることにした。当時は時給370円だった。
引越しは至って簡単だった。鎌ヶ谷から軽トラックで応援に来てくれた友だちがあまりの荷物の少なさにびっくりしていた。
食事付・洗濯付の下宿で、おばちゃんが遠縁だったこともあり洗面道具と着替えくらい。布団も無い状況だった。
JR常磐線の北松戸駅とJR総武線の本八幡(モトヤワタ)駅周辺のみんなは元気でいるかなーーーー!
成人式に出られなかったことで43年前の1月15日のことを鮮明に覚えているのだと思う。もちろん、いい思い出としてです(笑)
記憶に薄いが大学で学んだことや喫茶店のバイトで覚えたコーヒーの淹れ方や出し方、プリンアラモードの作り方。そして、周りの人たちにお世話になったこと等々、自分の経験して来たこと全てが今の自分に繋がっているのだ、と 近頃 強く思う。
還暦を迎えた時、私は日本刀研師の師匠を見習って「85才まで現役でやる」と宣言した。そこには、少しでも師匠に近づきたいという気持ちがあるからだ。これからも刃物に関わって行きたい。五感を鍛えるような無駄なことをもっと体験したい。

  • 場所

これらの縁を大切に生きたい。
今日を楽しむために

by中野由唱 よしどん

合言葉 は【刃物ってスゴイ】

  • 2017年10月24日

こんにちわ
エクスマ実践塾79期の中野由唱です。
卒塾してから1年が過ぎました。


1978年4月1日に新卒で中野刃物に入社以来40年間、刃物一筋で生きて来ました。
その40年の想いを形にしたくて昨年10月にエクスマ実践塾の塾生となり
学び始めたわけです。
おかげさまで、今年7月に中小企業・小規模事業者ワンストップ総合支援事業の
派遣専門家に登録されました。
国家資格等は持っておりませんので、旭川信用金庫さんの推薦を受けて「刃物一筋40年」の実績を持って登録されたわけです。

【仕事を続けながら学ぶってちょっとかっこいいなぁ~】
そんな事を思いながら、更に刃物の専門家として活動中です。

私はよく刃物と機械の関係車とタイヤの関係に置き換えて話します。
どんなにうまくチューンアップされたF1マシンでもタイヤの選択を間違えればゴールフラッグは受けられない。

  • 刃物の仕様⇒加工工程が3工程から1工程になった
    刃物の精度⇒仕上研磨の作業時間が3分の1になった
    刃物の切れ味⇒製品の品質が2星から4星になった

刃物でそれまでの仕事がウソのように変わってしまう。

ほとんどの事業所で最新鋭の設備をせっかく導入しても、その先端工具は機械メーカーに任せっきり。
導入した機械の能力を半分しか活かせていないのが実情です。

これはもったいない!

刃物の専門知識があれば導入した機械の能力を充分に発揮できるのに残念です。

刃物のことは専門家にお任せ下さい。

  • 刃物で品質が高くなる
    刃物で作業が楽になる
    刃物が利益を生み出す

つまり、刃物で圧倒的になれるんです!

これを、これからはミラサポの派遣専門家として伝えて行きます。

古来からの日本の伝統文化【日本刀研ぎ】の技術と共に

by中野由唱 よしどん

【全ては現場から始まる】

  • 2017年07月10日

 

(藤村正宏氏と札幌にて)

 

2017年7月10日 月曜日 くもり

 

私はこれまで “世のため” “人のため” に生きて来たか?
自問自答してみた。

機械刃物の世界で40年生きて来て、見えて来たことは
人が望むことをして来たかどうか、と言うことである。

私は昨年11月に藤村正宏氏の提唱する
エクスマ(エクスペリエンスマーケティング)の塾生となった。

7月13日、その藤村氏の著書 【 安売りするな!「価値」を売れ!】の改訂版が発売される。

発売前から重版が決まっている売れっ子の一冊だ。

私がエクスマで学んだこと

  • ○人のために生きよ
    ○本当にしたいことを仕事にせよ
    ○SNSで発信して自らをさらけ出して共感してくれる大勢の人達と繋がれ

大まかに書くと上記三点になる。

改めて、人が望むことをして来たか・・・?

答えは No である。

望むことではなく、人が欲しがるものを
提供して来ただけ。

つまり、、、「安売り」して来ただけなのだ。

これからは
「もの」ではなく「こと」を 売る!

  • ○現状での不満は何か?
    ○どのように変えたいのか?
    ○どのような結果を出したいのか?

人がしたいことを出来るように機械と刃物のアドバイスをしたい!

40年の知識と経験を出し惜しみなく、これらを全て使って答えを探します

昨年11月にそう思ってから8ケ月が過ぎた。
ようやく私は その実現に向けて動き出した。

ミラサポ(中小企業庁委託事業として中小企業・小規模事業者の未来をサポートするサイト)の
専門家派遣の講師として登録が決まったのだ。(2017年7月9日)

刃物の専門家として、様々な現場に立ち合って色々な角度からアドバイスが可能になる。

私の次の1ページが始まります。

私が一番やりたかった仕事、世のため 人のために生きること。

【全ては現場から始まる】

by中野由唱 よしどん

【決断より行動】

  • 2017年03月05日

2017年3月5日 日曜日 天気は吹雪

最近「人と人」とが いかに繋がっているか、を認識する機会が多い。
「人と人」よりも【人と人と人と人】、こんなイメージです。

 

新しい出逢いで、その人の情報量をSNSやリアルで増やしていくと自分の友人、知人と繋がっていて
更にFacebookで〝共通の友だち〟だったりする。

世間は広いようで狭い】を実感するばかりだ。
でも、それは私自身の行動範囲の広がりと比例している。

一年程前から私は【決断より行動】を事務所の机の上に貼りスローガンにし、
毎日目にして来た。

新たな場所・新たなグループ・新たなイベントへ積極的に飛び込んで行く、
行動範囲の広がりからたくさんの出逢いを頂いている。

仕事の上で主力商品のひとつに〝包丁〟があるが、仕入先の多くは
新潟県三条市にある。
一度も訪れたことは無いが、SNSと電話だけで信頼性の高い取引を続けている。

このことに とても 感謝している。

先日、その社長から

FB見ていると、いつも忙しそうで楽しそうですね!
いつかニックネームで呼べたらいいなー

と、嬉しいひと言をくれました。

いつも 〝いいね〟を貰っています。

この社長との出逢いも 人との繋がりからだった。

更に関係性を深め、包丁の勉強のため
三条市を訪問する事を2017年の目標にしよう!

by中野由唱 よしどん